あれは18歳の
梅雨が始まるころだっただろうか。
一人で新宿に降り立った。
母方の祖父母の家が高田馬場だったので
そのエリアにはよく来ていたものの
新宿二丁目に行くのは初めてだった。
おそらく新宿西口側に出てしまい
当時はGoogleマップも存在しないので
道がまったくわからなかった。
道を聞こうにも
「新宿二丁目はどこですか?」
なんて聞けないので困っていた。
仕方なく
店子の面接先に電話をして
「いま、あおうめかいどうって
ところにいるんですけど……」
すると
「あー、青梅街道ね」
と、おばさんのようなおねえ口調で
道を教えてくれた。
今、マルイやバルト9があるあたりは
当時は何もなくて
伊勢丹を越えて二丁目のほうに向かうと
なんだかどんよりした
雰囲気だったことを覚えている。
お店の前に着くと
とても緊張した。
18歳の自分にとっては
未体験のことばかりだった。
女装した男性が出てくるのだろうか。
ドアが開いていたので
「失礼します」
と言いながら入っていった。
「あら、無事来れたのね」
そう言って出てきたのは
見た目は普通のおじさんだった。
橋幸夫似のおじさんだった。
すごく豪華な指輪をしていたのを
覚えている。
一通り面接をして
「じゃあ、今日から働く?」
と言われて
そのままお店に入ることになった。
当時のわしは何の知識もなく
お金にも困っていたので
夜のお仕事なら時給がいいのだろう
くらいに思っていた。
そこは、今から考えれば「老け専バー」。
50歳オーバーの人たちが
売り専の子と一緒に来て
カラオケを楽しむための場所だった。
18歳だった自分は
それはそれは可愛がってもらえて
たくさんのいろんなお客さんと
知り合うことができた。
今思えば、あの頃のわしは
ずいぶんと年上の人たちに囲まれていた。
自分の知らない世界を知っている人たち。
自分の知らない時代を生きてきた人たち。
当時はそこまで
深く考えていなかったけれど
今振り返ると
あの一年間はなかなか貴重な時間
だったのかもしれない。
そのお店には
歌手の人が時々遊びに来ることがあって
都はるみやキム・ヨンジャなど
芸能人を見かけることもあった。
そのせいか
お客さんにも都はるみが好きな人が多かった。
ここで働くなら、覚えたほうがいいだろう。
そう思って
都はるみをたくさん聴くようになった。
当時は演歌を聴き慣れていなかったので
どれも同じようなものだと思っていたけれど
聴いているうちに
なんだかいいものだと思うようになって
いつの間にか好きになっていた。
都はるみで好きな曲は
『千年の古都』
『小樽運河』
『ムカシ』
『散華』
『邪宗門』
『愛は花、君はその種子』
などなど。
もちろん、『北の宿から』や『好きになった人』のようなメジャーな曲も好きだった。
一年間働いて
大学受験が迫ってきたので
お店を辞めることになった。
その後、お店は閉店してしまい
ママのたかしさんや
チーママのたつやさんに
会うこともなくなってしまった。
それから好きではあったけど
都はるみを聴く機会はなかった。
それが
18歳から19歳にかけての思い出。
あれから
ずいぶんと時間が流れた。
それから15年が経って
『ぽっとで』をオープンした。
その二年後
隣のビルに『kattako』さんがオープン。
それまで話は聞いていたものの
ほとんど面識はなかった。
けれど
お隣さんということもあって交流が生まれ
今ではとてもよくしてもらっている。
すると、なんと。
Kattakoのせいたさんが
都はるみを好きだという。
毎年、ハロウィンの時期になると
都はるみを歌うショータイム(?)
をやっている。
初めて見に行ったときは
歌の件は置いといて、感動した。
それから
おそらく毎年見に行っている。
何度かわしの好きな
都はるみの曲をやってくれたりもしました。
今年は、なんとなく
『小樽運河』が聴きたいなと思っていました。
そしてイベントの2部の回に参加したら
一曲目が『小樽運河』だった。
数ある曲の中から
まさか最初にその曲が流れるなんて。
思いがけない偶然に驚きながら
歌を聴いているうちに
ふと、当時18歳だったころのことを
思い出しました。
24年前。。。
あの薄暗い新宿二丁目。
初めて一人で訪れたお店。
店子を始めたこと。
そして、可愛がってくれたお客さんたち。
『小樽運河』を聴きながら
そんな記憶が
ひとつひとつよみがえってきた。
あの頃の自分は
まさか何十年も経ってから
こうして同じ歌を聴きながら
昔のことを思い出す日が来るなんて
想像もしていなかっただろう。
イエスタデイをもう一度。
(小樽運河の歌詞)
あの頃に戻ることはできない。
閉店してしまったお店も
もう会えなくなってしまった人たちもいる。
けれど、不思議なことに
歌はあの頃の時間を連れてきてくれる。
忘れていた景色や
そのときの気持ちまで
まるで昨日のことのようによみがえらせてくれる。
そして、昔の思い出をたどっていくと
今の自分が、いろんな人との
出会いの積み重ねでできていることにも
気づかされる。
18歳のころに出会った人たち。
お店を始めてから出会った人たち。
そして、今もこうして交流が続いている人たち。
人生には
そのときには何気ない出会いでも
何十年も経ってから
思いがけない形でつながることがある。
今回の『小樽運河』も
わしにとっては
そんな不思議な縁を感じる出来事だった。
自分の好きな歌を
好きな人が歌ってくれる。
それだけでもうれしいことだけれど
その歌が昔の自分にまで
連れていってくれるのだから。
多分、わしのように
都はるみに縁がある人も少数だろうから
個人的には二倍楽しませてもらっている。
毎年、こうして昔の思い出を
よみがえらせてもらえることに感謝です。
せいたさんには
これからも長く続けてほしいなと思う。
森光子のでんぐり返しではないけれど
長く続けるためには、やっぱり健康が大切。
適度な運動をして
健康を維持していただきたいですね(笑)。
そして、来年も再来年も、その先も。
また都はるみの歌を聴きながら
昔話に花を咲かせられたらうれしい。
若いころには
目の前のことで精いっぱいで
出会いのありがたさなんて
あまり考えていなかった。
けれど、年齢を重ねるにつれて
こうして何年も続いている縁や
思い出を共有できる時間が
どれだけありがたいことなのか
少しずつわかってきた気がする。
昔の自分に戻ることはできないけれど
昔の自分を思い出させてくれる人や歌が
今もある。
それって
すごい幸せなことなんじゃないだろうか。
人生は
思いどおりにならないこともあるし
出会いがあれば別れもある。
それでも、何年も経ってから
ひとつの歌をきっかけに笑ったり
懐かしんだり、誰かに感謝したりできる。
そんな瞬間があるだけで
これまで生きてきた時間も
決して無駄ではなかったと思える。
さて、来年は何を歌ってくれるのだろう。
また、あの歌声を聴きながら
忘れかけていた昔の自分に
会いに行こうと思う。
イエスタデイをもう一度。
そして、今日の出会いも
いつか懐かしく思い出す日が
来るのかもしれない。
そう思うと、今ある縁も
これから出会う人たちも
もう少し大切にしていきたいなと
思うのでした。
そして
あの素敵なショーができるのも
せいたさんの人徳があってこそ。
一緒に盛り上げてくれるスタッフさんたち。
そして、毎年楽しみに集まるお客さんたち。
みんなの愛があってこそ
あの空間が生まれるのだと思います。
せいたさんが築いてきたものがあって
それを支える人たちがいて
そこに集まる人たちの笑顔がある。
そんな光景を見ていると
人との縁を大切にしながら
何かを続けていくことの素晴らしさを感じます。
昔の思い出が
今の出会いによって
また新しい思い出になっていく。
そして、その思い出が
いつかまた、誰かの心を温めてくれる。
人生って、不思議なものですね。
そんな素敵な時間をつくってくれる
せいたさんやスタッフさん
そして、あの場所に集まるみなさんに
心から感謝です。
また来年も
あの素敵な空間にお邪魔できますように。
そして、いつまでも
あの歌声と笑顔に会えますように。
せいたさん、みなさん
今年も素敵な時間を
ありがとうございました。

コメント